僕らは地球のお世話係

 このホームページ「らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~」で伝えたいことのひとつは、物質やお金一辺倒の世界から「心」や「精神」を大切にする「心の豊かさ」を求めていきましょうということです。



行き詰まり
 バブル経済が崩壊して25年以上、四半世紀以上が経つにもかかわらず、いまだ日本は社会の停滞にあえいでいます。これまでにニュース等でいざなぎ景気を超える景気拡大期間であるとか、つい最近では「(経済)成長」「景気拡大」と連呼されていますが、それを実感する国民はいったいどれほどいるのでしょうか?ほとんどいないのではないでしょうか?
 思えば戦後の高度成長期から文明の利器はどんどん進化を続け、人々の生活を一変してきました。日常生活、仕事、学習環境をはじめありとあらゆるものがそのスタイルを変化してきたと言ってもいいでしょう。と同時にそこには常に「お金」がついて回るようになり、それを著しくエスカレートさせたのがバブル経済であり、そしてその後の金融経済でしょう。
 けれどもこの文明の利器=物質主義は人々に便利をもたらすと同時に自然などの環境を破壊してきたことは誰もが認めることでしょう。今や放射能に汚染され、大陸からはPM2.5などの大気汚染が海を越えてやって来ており、海洋資源は減少し、そして国土は乱開発されてきました。
 また科学技術の進化は便利さを手にすると同時に、私たちの生活スタイルを否応なく変化をもたらし、そこには生きづらさも生み出され、人々に精神的不安定をもたらしたことも否めません。社会的に追い詰められ、精神が蝕まれ、遂には自らの命を絶つ人が増加していることも誰もが認めるところでしょう。
 こうしてバブル崩壊後より四半世紀以上日本は立ち直れず、社会の行き詰まりに面したまま今日に至ります。



科学の進歩
 江戸末期から明治にかけ、日本は自国の存亡をかけ、国家体制の大転換を成し、西洋科学を取り入れ、科学文明を進歩させてきました。科学に進歩により私たちの生活は便利になり、楽になり、そして豊かになったことはこれもまた誰もが認めることでしょう。今ではボタン一つでご飯が炊け、洗濯ができ、遠くに離れた人とコミュニケーションがはかれ、またあらゆる面で時間の短縮が可能となってきました。
 けれども科学の発達と同時に失くしてしまったもの、忘れてしまったものがあることも否めないのではないでしょうか。今私たちはかつての不便さは、人とのつながりをもたらしており、あるいは体力や忍耐を養っていたことを思い出しつつあります。
 そこで私は思うのです。この失くしたもの、忘れてしまったものを、何らかの方法で取り戻すことができれば、この25年以上感じ続けた社会の行き詰まりを突破し、新たな世界を手にすることができるのではないかとうことを!



宇宙へ!
 現在世界で唯一多くの人々に夢をもたらしているのは「宇宙世界」ではないでしょうか?科学の進化により、宇宙がどんどんと身近なものとなってきています。かつては宇宙に地球のような星はないと考えられてきたものが、今では地球と同じような環境を持つ惑星が宇宙には無数にあることが分かってきました。そしてそこには生命が存在するのではないかという期待、果ては私たち人間と同じような高等生命が存在するのではという期待も高まってきています。その答えが分かるのもそれほど遠い先ではないことでしょう。そこでこの宇宙が身近に迫る今だからこそ地球と人間の関係をもう一度見直すことが必要ではないでしょうか?



日本の文化
 元来日本人は自然と共生してきた民族といえるでしょう。あらゆるところに神様は宿っている「八百万の神」の思想などは、自然を崇めて生きてきたことを物語っています。
 考古学の調査の進展により、縄文時代は一万年あまり続いてきたという驚異的な事実が明らかになってきました。そしてそこにはこれまで考えられてきた以上の、想像をはるかに超える文明があったことが分かりつつあります。
 縄文時代の終わりには大陸からやってきた人々により弥生時代が始まり、そして奈良、平安、鎌倉、戦国時代へと続いていきます。もともといた人と文明、やってきた人々とその文明は時に争いももたらしますが、時代とともにそれらは統合され編成され、日本独自の文化となります。そしてその結果は江戸末期西洋から来た人々により、極東の地にパラダイスがあったと評されるものとなっていたのです。



間違える
 日本が作り上げたパラダイスは、日本はグローバル化を目指す上で一旦捨てなければならなくなります。科学文明を取り入れ、それを進化させ日本は、世界の中での国を歩んでいきます。それは日本ばかりではなく、西洋を中心に世界の国々がそうなっていきます。そして科学はますます進化し、それにより地球はどんどんと小さくなってきたといえるでしょう。けれどもここで人間は傲慢になってしまい、間違いを犯してしまいます。科学は自然を超越できるものであり、それを発明し使う人間は自然(地球)を支配するものと思いあがってしまうのです。それは日本(人)も同様です。かつてものを最後まで使い切り、ものを大切にするという心は捨て去られ、使い捨てられ、次から次へと消費・消費となってしまいます。そこには自然を崇拝する精神も失われ、それが故に環境破壊がもたらされるようになりました。



思い出す
 けれどもどんなに科学が進化しようと、暮らしが変わろうと、わたしたち人間の生活は、生命は地球上で行われていることには違いありません。そしてその暮らし、生命を繋いでいるものはすべてこの地球の恵みによってもたらされています。水、大地、空気(酸素)、食べ物等すべて地球の恵みです。宇宙からの恵みもあります。太陽の光、星々さまざなものが人間の生活に影響を与えています。それを人間が生きていける程度にしてくれているのが地球です。科学文明がここまで発達した今、宇宙が目の前に迫ってきた今こそ私たちは地球との関係を見直すべき時ではないでしょうか。そして地球の恵みで生きていることを再確認するべきだと思うのです。



宗教を超えて
 歴史の中でさまざまな宗教が生み出されてきました。それらは時代を超えて人々の生きる支えとなってきたことは確かです。けれども同時に今日までそれが原因で人間の争いとなっていることも明らかです。
 人間誰もが平和に暮らしたいという願いを持っています。生きる支えを必要としています。残念ながら今の宗教ではこの目的を全面的には果たせていません。いろいろな宗教がある中人類共通のもののひとつが「地球という惑星に暮らし、地球の恵みで生きている」ということではないでしょうか。
 私たち人間は地球のお世話係りであるということ。それは人間を傲慢さから解放し、謙虚さをもたらし、共通のものをもたらしてくれるものだと思うのです。宇宙へ飛び出す前の今だからこそ地球人に必要な根本思想だと思うのです。



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