4月14日  (9日目)
→御厨人窟(室戸)  (民宿室戸荘泊)
  朝4時30分起床。昨日接待所のおばちゃんが5時出発しなさいと言っていたので、5時は無理としても6時には…とのことで、ちょっと頑張る。そういえばテントがビショビショ。うわ!寝袋もビショビショや…。どこかで乾かしたいな…。けれども出発せねば!ウワッ、トイレ汚な…。

 でもって、歩き始める。今日は歩くぞ。室戸岬まで歩くぞ。何キロあるんだ?50キロか?とにかく歩け!歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、まずは東洋大師にごあいさつ。再び歩く。左は海、右は山。ひたすらそれが続く。昨日は島とかがあって瀬戸内海というか、ちょっとした観光にいいプレイスだと思っていたけど、今日は海と空と山でひたすら道は続く。最初は漁村とかもあったけど、それもほとんどなくなり、海と山。そして歩く。空海はここで何を考えたのだろうか?一体何を食べ室戸まで行ったのだろうか?どうやって…。空海さん如何に?

 司馬遼太郎によると、ナタを持って道を切り拓きつつ…と書いてあったけれど、昔はこんな道路なんてなくて、海があって、ずっと山がせり出して、崖っぷちの連続だっただろうに…。きっとこの海岸の岩ゴロゴロを歩いて、どうしても崖を越えないといけない時に山の方へ登ってナタで切り拓いて…と想像する。1日どのくらい進めたのだろうか?

 ちょっぴり海岸を歩きたくなって階段を降り、岩と石だらけを歩く。こりゃ歩きにくいわ…。ちょっと歩いてもう降参する…。空海さんには及びませんわ…。でもこれも1週間ぐらいすれば慣れてくるのかな…。

 もしかすると空海さんは楽しんでいたのかもしれない。苦しみながらも楽しんでいたのかも…。何食べてたんだろう?やっぱアワビやサザエ採って食べたり、それらを干したり、春ならイタドリにワラビ…でもなべとかどうしたのやろ?木の実、食べられる草etcと考える。今日はあそこまで行こう、あそこに着くまでは何も食べないでおこう。あそこに行って魚とか取れなかったら、今日は食べん。とか、今日一日何も食べないとか。やっぱ火をおこすために火打石腰に下げて…、このススキとかで火をおこそうとか、雨の日はこの岩の下、たまには雨の中も進んだろうか?…そんなことを考える。

 それに比べて自分はただこの整備されたアスファルトを矢印見ながら進めばいい。室戸までたった2日で到着や。空海さんは1日何キロ進めただろうか?1か月ぐらいかけてこの岬まで来たのだろうか?苦労の度合いが違うよな…。これでは明星も口の中には入らんわい。でももしかしたら明星が口に入るとは、おそらく楽しみつつ、苦しみつつ少しずつ毎日進んで、やっとの思いでこの室戸に着いて、そして洞窟見つけて、求聞持法唱えて…。それまでの太龍寺、そして室戸までの苦労が、生み出した強烈な自信が、明星来影となったのではないだろうか?

 きっと室戸まで行くのにある意味生死をかけたやろうから…。19歳で…。世の中の矛盾を見て、大学中退して…。きっと自信が瞑想の中で明星となって口の中に入った。もしかしたら口の中から出たのかもしれない。明星と一致してね。今では絶対味わえない自信やで。パプアニューギニアにでも行って、島の端から端へ何も持たずに行くとかね…。

 と、そんなことを考えながら歩くと面白い。しんどいけど、足痛いけど…。歩く。歩く。そして4時頃遂に到着。洞窟や!感動!すごいなあ。しかしここに洞窟があったなんて…。

 おばちゃんと話をする。空海さんは船で来たらしい…?いやきっと陸できたはずや。でなきゃあ明星が入るわけがない。そんなわけで今日は民宿に泊まる。久々にゆっくりしたいから。

 この室戸で1日ゆっくりしたい…。で、空海さんを味わいたい。明日はキャンプしてもいいから…。ちょっと空海さんと話がしたい。空海さん自分の推理はいかがでしょうか?

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